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東京地方裁判所 平成4年(ワ)22597号 判決 1996年3月13日

本訴原告・反訴被告

岸田恵介

本訴被告・反訴原告

金子康一

本訴被告

有限会社ラブ・ヘアー

主文

一  本訴被告(反訴原告)金子康一は、本訴原告(反訴被告)に対し、二七〇万五八二一円及びこれに対する平成三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)金子康一に対し、四三四万七二二七円及びこれに対する平成三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)の被告有限会社ラブ・ヘアーに対する請求並びに本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)金子康一に対するその余の請求及び反訴原告(本訴被告)金子康一の反訴被告(本訴原告)に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を本訴被告(反訴原告)金子康一の、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

本訴被告らは、連帯して、本訴原告に対し、四〇〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求である。)。

二  反訴

反訴被告は、反訴原告に対し、三四六八万一六九二円及びこれに対する平成三年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認定又は判断し得る事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年七月一三日午後一〇時三〇分ころ

(二) 場所 東京都世田谷区桜三丁目二四番地先路上

(三) 加害車 本訴被告・反訴原告金子康一(以下、単に「被告」という。)が運転する原動機付自転車

(四) 被害車 本訴原告・反訴被告(以下、単に「原告」という。)が運転する足踏式自転車

(五) 事故態様 原告が、被害車に乗つて前記道路を横断しようとしたところ、本件道路の前記事故現場付近を走行していた加害車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の結果

原告は、本件事故により、上下顎骨骨折、頸椎圧迫骨折、全身打撲の傷害を受けたため(甲三、五、六一)、東京女子医大病院において、平成三年七月一三日から平成五年七月一〇日までの間、入院六〇日(平成三年七月一三日から同年九月一日までの間及び同四年二月二五日から同年三月四日までの間。甲一〇ないし一五、二〇、二一)、通院実日数一一日(平成三年九月一〇日、一七日、二一日、平成四年二月一八日、三月一〇日、一九日、四月九日、一六日、二三日、五月二六日、平成五年七月一〇日。甲一六ないし一九、二二、二三、三七、五六、六一。なお、平成五年七月二〇日は、文書作成のために赴いたものであるから治療目的による通院ではない。甲五八。)の治療を要し、それによる症状が固定したのは最終治療日である平成五年七月一〇日である(甲五六、六一、弁論の全趣旨)。

他方、被告も、本件事故によつて加害車から投げ出されたため、両手首骨折の傷害を受け、右手首の関節機能障害の後遺症が残存し、同後遺症については、労災保険手続において平成五年一二月一七日に後遺障害一二級の認定を受けた(乙九の1、2、弁論の全趣旨、被告本人)。

3  損害の填補

(一) 被告は、加害車につき自賠責保険契約を締結していなかつたので、原告は政府による自動車損害賠償保障事業に対する損害の填補請求を行つた。しかし、原告が、前記治療のために国民健康保険を使用していたため、同事業による給付額一二〇万円は全て国民健康保険による求償債務の弁済に充当された。したがつて、原告に対する損害の填補はない(甲六〇の1、2)。

(二) 被告は、前記後遺症について、障害補償一時金二一一万八七九二円(給付基礎日額の一五六日分)、特別支給金二〇万円の計二三一万八七九二円のほか、休業補償給付金として、少なくとも一八万四九四四円を受領している(甲七、乙九の1、2、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告会社の責任

(一) 原告の主張

本件事故は、被告の通勤途中に発生したものであり、本訴被告有限会社ラブ・ヘアー(以下、単に「被告会社」という。)は加害車を業務の遂行のために利用運転させていたものであるから、使用者責任又は運行供用者責任を負うべきである。

(二) 被告会社の主張

争う。

2  本件事故の態様及び原被告の過失責任

(一) 被告の主張

本件事故は、本件事故現場付近の交差点に設置されていた、原告と同方向に本件道路を横断しようとする歩行者に対面する歩行者用信号が赤表示であるにもかかわらず、本件道路の車両状況を十分確認することなく横断しようとしたために発生したものであり、原告には、安全確認義務を尽くさなかつた過失がある。

(二) 原告の主張

本件事故は、加害車を運転していた被告の前方不注視及び速度制限違反(速度制限四〇キロメートルのところを時速四五キロメートル以上の速度で走行していた。)の過失に起因するものである。

3  損害額

(一) 原告の損害額

(1) 治療費 二五一万〇七五〇円

(2) 交通費 七一万四〇七〇円

ア 駆けつけ交通費 三万七六〇〇円

原告の両親が実家である大阪府岸和田市から東京女子医大病院に自動車で駆け付けた際及び岸和田市に帰る際にそれぞれ支出した高速料金及びガソリン代である。

イ 親族による交通費 五九万八八〇〇円

親族が岸和田市と前記病院との間を行き来するために要した交通費延べ二〇回分である。

ウ 入院付添のための通院交通費 七万七六七〇円

原告の両親が原告の入院付添のために、原告の下宿から前記病院まで行き来するために要した交通費である。

(3) 付添家族の宿泊料 二一万二八〇〇円

原告の叔母や妹らが原告の付添のために東京に滞在した際における宿泊料である。

(4) 謝礼 一〇万一三四〇円

(5) 入院中の貸し布団代 三四五〇円

(6) 入院用備品代、雑費等 六万二四九〇円

(7) 逸失利益 七七一〇万八六八〇円

原告は、本件事故当時、東京農業大学三年生に在学する二〇歳(昭和四六年三月一三日生)の剛健な学生であつたが、本件事故によつて、両上肢小指側に痺れ感、天候による両握力の低下、歯牙喪失による発音、審美、咀嚼の各障害の後遺症が残存することになつた。右後遺症は両上肢につき六級、口腔部につき七級の併合五級に相当する。したがつて、男子全年齢平均月給与額を三四万一三〇〇円とし、労働能力喪失率を八〇パーセント、大学を卒業して平均余命までの就労可能年数四六年の新ホフマン係数を二三・五三四とすると、原告の逸失利益は、以下のとおりとなる。

三四万一三〇〇円×一二×〇・八×二三・五三四=七七一〇万八六八〇円

(8) 慰謝料 一五〇〇万円

(9) 物損(自転車) 八万五〇〇〇円

(10) 弁護士費用 三三五万円

(二) 被告の損害

(1) 休業損害 二三六万五〇〇〇円

原告は、本件事故により五か月半の休業を余儀無くされ、月収四三万円の五・五カ月分である二三六万五〇〇〇円の損害を被つた。

(2) 通院交通費 一五万四八〇〇円

タクシー代一往復一八〇〇円の八六日分である。

(3) 物損 一四万五〇〇〇円

被害車の購入価格一三万五〇〇〇円及び廃車費用一万円の合計額である。

(4) 逸失利益 二七九〇万八八九二円

被告は、本件事故により、右手首の関節機能障害の後遺障害一二級の後遺症が残存した。被告は、労災保険による認定時(平成五年一二月一七日)に三七歳であるから、労働可能な六七歳までの三〇年間の逸失利益は、前記のとおりである。

(5) 慰謝料 三〇〇万円

(6) 弁護士費用 三〇〇万円

第三当裁判所の判断

一  被告会社の責任

本件事故は、被告が、被告会社での勤務を終えた帰宅途中において発生したものであり、被告は加害車を自身の通勤のために使用していること、被告会社での業務は美容院の管理、運営であるところ、被告会社が加害車を同社の業務に直接使用することは考え難いこと(弁論の全趣旨及び被告本人)、加害車の所有者が被告であり(被告本人)、それゆえ加害車の管理主体は専ら被告自身であつたと考えられることからすると、被告による加害車の運転行為が被告会社における被告の職務執行の範疇にあるとは認められないし、被告会社が加害車について自己のために運行の用に供していたことを裏付ける具体的事実も認めるに足りる証拠がないから、原告の被告会社に対する使用者責任ないし加害車の運行供用者責任を根拠とする損害賠償請求には理由がない。

二  本件事故の態様及び原被告の過失責任

1  本件事故態様について

(一) 甲二、五一ないし五三、五九の2、3、六五、乙二、証人久富豊樹(以下「久富」という。)の証言、原被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、甲六五(林洋作成に係る鑑定書)については、加害車の被害車との衝突直後の速度を時速三六キロメートルと推定する部分についてのみ採用し、その余の部分については、加害車が路面に転倒するまでの時間が物体が自然落下して地面に到達するまでの時間と同様であることを前提として計算が試みられているところ、(a)加害車が衝突直後に宙に浮いた状態になつたとは直ちに認められないし、(b)仮にそうであつても、衝突の衝撃やハンドルを握り、シートに跨がる被告の身体の動きが加害車の路面への転倒に影響を与えていないとは必ずしもいえないこと、(c)加害車のタイヤが地上に接着していることによつて重力が真下ではなく倒れる方向(斜め下)にかかることの影響につき十分な説明がないこと等を勘案すると、直ちに採用することはできない。

(1) 本件事故現場は、別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおり、東西に走る歩車道の区別のある通称世田谷通り(以下「本件道路」という。)と南北に走る幅員六・〇メートルの道路の交差点のやや東側に近接したところにある。本件道路は片側一車線でその幅員はいずれも四・五メートル、その両脇に設置された歩道のそれは三・〇メートルである。そして、本件交差点には、本件道路東側を除く三か所に横断歩道が設置されており、車両用信号のほかに歩行者専用信号が設置されている。

本件道路は駐車禁止、横断禁止、時速四〇キロメートルの速度規制がなされている。

(2) 本件事故現場付近の道路沿いには街路灯が設置されているため、車道上は明るいが、歩道上は照明が当たつていないために薄暗い状況にある。本件道路の路面はアスフアルト舗装されて乾燥しており、本件事故によつて加害車が横転して印象したと認められる擦過痕が別紙図面のとおり残存している。

(3) 被告は、本件事故当時、被告会社での仕事を終えて帰宅するために、本件道路を西から東に走行して本件交差点を直進しようとしたところ、同交差点の対面信号が赤表示であつたため、時速約一〇ないし一五キロメートルの速度にまで加害車の速度を落とした。そして別紙図面<1>の地点に至つたところで対面信号が青表示となつたので、徐々に加速を始め、そこから交差点中央の<2>までのほぼ中間地点で、進行方向左側の歩道のガードレールが切れる位置付近に被害車が東から西に向かつてゆつくりとした速度で進むのを発見した。そして、青信号に従つて本件交差点に進入して<2>の地点に差しかかつたときに、被告は歩道から車道に出ようとする被害車を発見し、咄嗟に急制動措置をとるためにブレーキハンドルを握つたがブレーキが効きはじめる前の<3>地点に至つたときに×地点で被害車と衝突した。衝突時における加害車の速度は、衝突直後の速度が時速約三六キロメートルと推定されること、加害車の衝突の力により被害車の中央部のギアが変形したのみならず、前記認定のとおり原告が重傷を負つたこと、双方当事者及び当事車両が衝突地点から相当な距離を移動していることからすると、原動機付自転車の法定速度である時速三〇キロメートルをかなり上回る程度の速度であつたと推認することができる。

(4) 原告は、本件事故当時、東京農業大学三年生に在学する学生でゴルフ部員として活躍していた者であり、本件事故に遭遇したのは、原告が大学の近くの練習場で練習をした後の自転車で帰宅する途中であつた。

原告は、本件道路の北側歩道上を東から西に向けて本件交差点に向かつて被害車に乗つて向かつていたが、世田谷区桜三丁目七番側(本件道路を挟んで南側)の歩道に向かうために本件道路を横断しようとし、別紙図面<ア>の地点で横断し始めたが、その直後<イ>地点に至つたときに加害車と衝突した。

(5) 久富は、本件事故当時、車両に乗つて本件道路を東から西に向かつて走行し、本件交差点手前で、対面信号が赤表示のために停止していた者である。久富が停止した位置は、同人と同様に信号待ちをしている二台の車両の後(三台目)であり、別紙図面<×>地点をちょうど右前方に視認し得る場所であつたと認められる。

久富が、信号待ちをしていて青表示に変わつた後、前方車である二台の車両が動き始め、自車が未だ動き始める前に、本件事故が発生するのを目撃した。対面信号が青表示に変わつてから本件事故が発生するまでの時間は概ね四、五秒であつた。

(二) 信号表示に係る前記認定は、(a)被告が、本件交差点手前で赤信号のために一旦停止し、青信号で再度発進させるとすると、購入後間もない加害車のエンジンに負担をかけることになるので、これを極力避けるために十分に減速して走行しながら本件交差点の対面信号が青表示になるのを待つた旨供述しているところ、前方の対面信号を注視する動機付けとしては具体的で明確であること、(b)前記認定のとおり、被告は別紙<1>の地点で加速を始め、本件衝突時において少なくとも時速三〇キロメートルをかなり上回る程度の速度に達しており、右走行態様からすると、被告は対面信号が赤表示から青表示に変わつたことを加速以前に認知していたと考えられること、(c)前記認定のとおり、久富が本件事故を目撃したのは、対面信号(加害車の反対車線の信号。加害車の対面信号と同じ表示である。)が青になつて、前方に停止した二台の車両が動き始めた後であり、青表示に変わつてから本件事故発生まで約四ないし五秒が経過している旨証言していることからすると、本件事故が発生したのは久富の対面信号が青に変わつてから暫く時間が経過してからであると認められることに照らすと、前記認定は合理的なものということができる。

これに対し、原告は、本件道路の対面信号が赤であるのに加害車がこれを無視して本件交差点を直進した旨供述し、原告本人もこれに沿う供述をする。しかしながら、原告は、反対車線の信号(久富の対面する信号)表示について、横断しようとする<ア>の地点で前記信号が赤表示であつた旨供述するが、<ア>から<イ>までに移動するまでにはわずかな時間で足りることからすると、青信号に変わつてから衝突に至るまでの時間についての久富の前記証言に符合しないこと、そもそも右(西)方向に前記信号の表示を見ているにもかかわらず、ヘツドライトを点灯させながら直進して自身の方向に走行してくる加害車を全く見ていないとの原告の供述は、そもそも、原告は横断を始めようとする<ア>の地点で果たして右方向を確認していないのではないか<ア>の地点ではなく、それよりかなり前での視認状況ではないか)との疑問を抱かせるに足りる事情となること、甲五九の3(本件事故態様について記載した、原告の署名のある文書)は、当法廷における原告の供述内容と全く齟齬しているが、同書証の署名を原告の父が行つたとしても、原告自身がその作成に関与しており、同書証の内容を熟知しながらあえて当裁判所に証拠として提出していることからすると、原告は、本件事故態様について二つの異なる見方をしていたということになるが、そのこと自体、原告の事故態様に係る当法廷における供述が信用できない証左となることを勘案すると、本件事故態様に係る原告の前記主張及び供述は到底採用し得ないといわなければならない。

2  原被告の過失責任及びその過失割合

以上の事実を総合すると、被告は、対面信号の青表示に従つて本件交差点を直進、通過したことが認められるものの、それだけで注意義務が尽くされたわけではなく、本件交差点から先の車道内のみならず歩道内の状況も含む交通状況について十分視認し、交通事情に即した安全な走行を心掛けるべきところ、左側歩道上を反対方向に進む被害車が本件道路を横断し始めるためにはその前に前記歩道上を本件道路側に向かつて斜めに走行していたはずであり、かかる走行態様を事前に認知していれば、当然に被害車の横断の可能性を念頭に置いて相当程度速度を落として走行すべきであるところ、同人はかかる交通状況を十分に視認していたとはいい難く、かつ、速度を落とすどころかかえつて前記認定のとおり法定速度を大幅に上回る速度で走行していたことが認められるのであるから、被告には、前方不注視、速度制限違反の過失が認められる。

他方、原告も、本件道路を横断するに当たつては、車両(自転車は道交法上の車両である。二条一項八号、一一号)の運転者として、本件道路の交通事情を視認した上で、本件道路上を走行する車両の正常な進行を妨げないように十分配慮して横断を実行すべきであるにもかかわらず(道交法二五条の二第一項)、本件道路を走行する加害車の存在を見落とし、同車が走行する直前に飛び出して同車と衝突し、同車の進行を妨げた点につき過失を認めることができる。

そして、原告、被告の過失の内容と程度を斟酌すると、双方の過失割合としては、原告が四五、被告が五五の割合と認めるのが相当である。

三  原告の損害額

1  治療費 二三二万五五二〇円

甲一〇ないし四〇、五六ないし五八、六四によれば、前記金額を認めることができる(甲五六のうち甲二二と重複する一七〇円、甲五七が甲二〇、二一と重複している一八万五〇六〇円を差し引く。)。

2  交通費 二七万七一二〇円

(一) 駆けつけ交通費 三万七六〇〇円

右交通費は、大阪府岸和田市の原告の実家から両親が本件事故を知らされて駆けつけた際に支出したものであり、その必要性、相当性が認められるべきところ、甲四一、四二、六四によれば、前記金額を認めることができる。

(二) 親族による交通費 二三万九五二〇円

右交通費は、両親、叔母、妹が原告の入院中の見舞い又は付添のために大阪と東京女子医大病院との行き来するために費消した交通費であるが、原告の入院時における付添の必要性が認められるためには、それを裏付ける医学的観点からの具体的な事情が認められなければならず、その前提として、原告の入院中の具体的容体や医師、看護婦の対応、付添労働を医師が必要と判断したか否か、付添労働の内容は何か等に関する事実が検討されるべきところ、本件においては、これらの具体的事実が明らかでなく、原告に対する付添の必要性を直ちに認めることはできないから、付添のために要した交通費を肯認することはできない。

もっとも、原告の入院に当たつて親族らが見舞い等のために上京することは相当性の範囲内で認められるべきところ、本件では、前記入院期間を勘案して、一人分で八回相当の前記金額の範囲内で認めることとする。

(三) 入院付添のための通院交通費 認めない

前記のとおり、原告に対する入院付添の具体的必要性が認められない以上、この目的のために支出された通院交通費を認めることはできない。

3  付添家族の宿泊料 認めない

前記のとおり、原告に対する入院付添の具体的必要性が認められない以上、この目的のために支出された前記宿泊料を認めることはできない。

4  謝礼 認めない

右謝礼は、東京女子医大の医師らと入院手続を行つた親戚の友人に対するものであるところ、前者については、その診療に対して既にその対価たる診療報酬を支払つているのであつて、それとは別途医師らの診療に対して対価を支払うべき特別な具体的事情が認められない以上、同医師らに対する謝礼を損害として認めることはできないし、後者についても、その謝礼は、親戚の友人という特殊な人間関係を前提としたことによるものであつて、本件で認められるべき通常の損害として認めることはできない。

5  入院中の貸し布団代、入院用備品代、雑費等 六万二四九〇円

前記認定に係る原告の入院期間を勘案すると、原告の請求に係る前記金額をもつて入院雑費として認めるのが相当である。

6  逸失利益 認めない

後遺症に係る逸失利益は、被害者が事故に遭遇しなければ当然に得られたであろう収入があるにもかかわらず、後遺症が残存したために労働能力の一部ないし全部が失われ、本来の労働能力を発揮し得ず、それゆえ労働の対価として得られる収入が前記収入を下回る場合に、その差額について認められるものと解すべきである。したがつて、後遺症が残存したからといつて当然に後遺症に係る逸失利益が認められるわけではなく、被害者は、当該後遺症がその者の労働能力に対していかなる影響を与え、どの程度の労働能力を制約しているかについて医学的観点からの合理的な主張及び立証を尽くすのみならず、現に得べかりし収入を得られない実態が具体的に存することの主張及び立証をしなければならないというべきである。

本件では、甲六一によれば、本件事故による受傷の結果として、原告には、両小指に痺れ感の残存、天候による両握力の低下、補綴によつて天然歯と比較した場合における発音障害、審美障害、咀嚼障害の各後遺症が残存したことが認められる。しかしながら、原告の前記通院状況のほか、(a)原告は、平成五年三月に前記大学を卒業して同年四月に広告代理店である協同広告株式会社に就職したこと、(b)そこでの仕事はワープロやコンピユーター入力、コマーシヤルフイルムをテレビ局等に持参すること等を内容とし、二年目である平成六年の途中からは営業の仕事も多少はしており、それらの仕事を症状固定(平成五年七月二〇日)後もなお少なくとも一年九か月もの間にわたつて継続してきたこと、(c)原告は同社を平成七年五月に退職し、その理由として、本人尋問において根気が続かないのと手の痺れや頭痛等でデスクワークがつらかつたことを挙げているが、一般に、労働者が従前から携わつてきた仕事を辞めるという究極の選択をするに当たつては、勤務時間、通勤経路や時間、給与や福利厚生面での待遇、勤務先である会社の自身に対する評価、同社内での人間関係、同社内での仕事の内容や負担感(原告は本人尋問においてパソコンがかなり苦手である旨供述する。)、営業成績、同社の将来性や自身の将来性等様々な諸条件を総合的に比較考慮することが通常であるところ、本件では、原告が同社を退職するに至るまでの具体的経過が明らかでなく、果たして原告の退職が前記各後遺症によつてもたらされたとは直ちに認められないこと、(d)原告の身体に残存する後遺症が原告の労働能力に対して与えるであろう具体的影響の有無、程度等に関する医学的観点からの具体的な立証が十分でないこと(甲六一によれば、両小指の痺れ感残存、天候による両握力の低下とあるが、それが医学的にみていかなる仕事のどのような作業に影響するのか、適宜休憩をとれば十分作業遂行が可能な程度かそうでなければどの程度影響を与えるものなのか、また、同書証によれば、天然歯と比較した発音等の障害とあるが、原告本人尋問では、質問に対してきちんと応答していて特段の支障がなかつたことは当裁判所には顕著な事実であるところ、具体的にそれらの各障害が仕事の遂行にいかなる影響を与えるというのかがいずれも明らかでない。当裁判所は、第一八回口頭弁論期日において、原告代理人に対し、これらの点について医学的な立証の補充等を行うか否か発問したが、原告代理人は、これに対し、医学的な立証補充は行わない旨回答した。)が指摘されるのであり、以上の点を総合的に勘案すると、原告に前記後遺障害が残存するとしても、それが原告のなし得る就労活動に対する影響の有無、労働能力低減の程度を客観的かつ合理的に認めるに足りる証拠はなく、原告の労働能力の一部喪失を理由とした逸失利益を直ちに認めることはできない。

7  慰謝料 一八〇万円

原告の受傷部位や程度、入通院期間、労働能力に対する影響は認めなかつたものの、後遺症自体は現に残存していると認められること、付添の必要性は認めなかつたものの、両親が幾度も病院に見舞う等親族に対して相当な心配をかけたことにより原告自身も相当な精神的苦痛を受けたと思料されること、後記のとおり、物損を認めなかつたこと、その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案して、慰謝料としては、一八〇万円をもつて相当と認める。

8  物損 認めない

本件事故によつて被害車が相当程度損傷したことは認め得るが、同車両の本件事故時における現在価格を認めるに足りる証拠がない。

9  小計 四四六万五一三〇円

以上を合計すると、前記金額となる。

四  被告の損害額

1  休業損害 一八万四九四四円

休業損害を認定するためには、被告が本件事故がなければ得られたであろう現実の収入があるにもかかわらず、本件事故により休業を余儀なくされ、それゆえ労働の対価たる収入を得られなかつたと認められることが必要であるところ、その前提事実である被告の現実の収入額のみならず、被告が現実にそれを得られなかつたこと、被告の主張に係る休業期間の必要性、相当性を医学的に裏付ける具体的事情をいずれも認めるに足りる証拠が全くない。もつとも、甲七によれば、被告は、休業補償給付金として一八万四九四四円を受給しており、少なくともこれを下回らない休業損害が生じたことが認められるので、同金額の範囲で休業損害を認めることとする。

2  通院交通費 二万七〇〇〇円

被告が本件事故によつて受傷して一定期間病院に通院したことは窺えるものの、平成三年七月一五日から同月三一日までの一五日間通院したこと(甲七)以外に通院の事実を明確に認めるに足りる証拠はない。

被告が両手首骨折によりギブスで両手を吊つた状態であつたこと(被告本人尋問の結果)からすると、タクシーを利用する必要性、相当性を肯認することができる。

したがつて、被告の請求に係る一往復一八〇〇円の一五日分である二万七〇〇〇円を下回らない通院交通費を支出することを余儀なくされたと認められ、同金額をもつて通院交通費と認める。

3  物損 一万〇三〇〇円

本件事故によつて加害車が相当程度損傷したことは認め得るが、同車両の本件事故時における現在価格を認めるに足りる証拠がない。

廃車費用については、乙七により認める。

4  逸失利益 一〇六六万八七八五円

本件事故当時の原告の収入を直接裏付ける証拠は全くないが、障害一時給付金を算定するに当たつて採用された給付基礎日額である一万三五八二円をもつて逸失利益の算定のための基礎収入とし(年額四九五万七四三〇円)、労働能力喪失率を一四パーセント、原告の請求に係る三〇年間のライプニツツ係数を一五・三七二とすると、以下のとおりとなる。

四九五万七四三〇円×〇・一四×一五・三七二=一〇六六万八七八五円

5  慰謝料 三〇〇万円

被告の前記受傷部位と程度、前記通院交通費は認めなかつたものの、相当な治療期間を要する程度の傷害と考えられること、それによつて、長期間美容師としての職務を遂行することができなかつたこと、前記のとおり加害車に係る物損を認めなかつたこと、前記後遺症の存在と程度等その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案すると、原告の請求通り、三〇〇万円をもつて相当と認める。

6  小計 一三八九万一〇二九円

以上を合計すると、前記金額となる。

五  過失相殺及び労災保険給付金による損害の填補

前記認定に係る過失相殺を行うと、原告の損害額は、二四五万五八二一円となり、被告の損害額は、六二五万〇九六三円となるところ、被告の損害については、労災保険給付金である障害一時給付金二一一万八七九二円、休業補償給付金として受給したと認められる一八万四九四四円の合計二三〇万三七三六円を控除すると、三九四万七二二七円となる。

六  弁護士費用

本件における相当な弁護士費用としては、原告につき二五万円、被告につき四〇万円を認める。

七  結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は二七〇万五八二一円の限度で、被告の原告に対する請求は四三四万七二二七円の限度でそれぞれ理由がある。

(裁判官 渡邉和義)

現場見取図

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